2022年4月2日土曜日

 昨日ついに、五十年以上やってるという近所の花屋さんがなくなった。

花を買う時にはどんだけメジャーな花でも必ず店主の方から名前をさらっと言ってくれて、花の名前を知らないこと覚えられないことに対して決して否定的ではなくて、ものすごくたまにでも「花を飾ってみようかな…」と沸く気持ちを暖かく迎えてくれる花屋さんだった。あとラッピングペーパーなども今っぽすぎないのが好みだった。

思えばここしばらく、たしか三年前には自分の好きなアーティストも米で御用達の個人商店がなくなって、二年前には話がめちゃくちゃ長い世の中への恨み節が炸裂してるおじちゃんが営む文具屋さんがなくなって(消しゴム1個買うだけでも1時間半つかまった)、去年はリボンを購入する時にジェスチャーも交えて1mだって言ってるのに8mで切ってお会計してくれる耳の遠いおじいさんがやってる手芸屋さんがなくなった。

どのお店も所詮私は年に二度ほども行くか行かないかのお店だったし、寂しさを抱く資格はない上に変化していくものに寂しいと思うのも野暮かなと思っているけれど、切ないのはそんなお店たちが無くなっても、私には米も文具もリボンも花も買えるところは他にもたくさんあるということだ。東京だし。その跡地に建ったマンションも居抜きで入った薬局も保険屋も小洒落たカフェも既にたくさんあるけどね。